「いらない。」 光りはじめる江ノ島と、曇り空のまま暮れていく今日の空と海。海から吹き付けてくる真冬の風は冷たいが、さっきまで体育館で走っていた体にはちょうどよい。 駅のホームの真ん中で、ボール入れと自分の荷物を両肩からかけ、学校の制服を着た流川は、顔に吹き付ける風に目を細め立っていた。 海が見える坂の途中に建つライバル校での練習試合。公式戦を含めるともう何度目なのか。何度闘っても、勝った気のしない相手。 相手はこの春、三年生になる。 次は、絶対にカタをつけてやる。 チームメイトの赤頭の大声に振り返る。試合中は闘志向きだしで相変わらずの悪態をつくけれど、試合が終わった今は、駅まで着いてきているその相手チームのキャプテンの肩をたたきながら、いつものように笑っている。それほど近くにいるわけでもなく、ふたりの声もよく聞こえないのに、流川はうるさそうに眉をよせる。 バスケットボールという世界の中で、常に、流川の中にあるマグマのような熱い塊を活性化させるふたりは、いったん日常に戻ると、それはただ小さないらだちの渦をかきたてる存在に変わってしまう。そういう自分にとって無価値に思える気持ちの震動を沈めるように、騒ぎまくるチームメイトたちの横で、ひとり黙ったまま目の前に広がる海を眺める。 誰かのためにやっているわけではない。 すべては自分のため。 練習が好きだ。 試合が好きだ。 バスケットボールが好きだ。 ほかには何もいらない。 そう思っていた。 けれど他者が波をたてる。 例えば、チームメイトの赤い頭。 例えば、陵南のキャプテン。 それから…。 「今日の湘北はディフェンスがとてもよかったよね」 しっかりと耳に通るきれいな声。まっすぐに見つめてくる大きな瞳。 流川のトゲトゲが少し小さくなる。その代わりに、一滴水が落ちたようなさざ波が流川の心を小さく動かす。そして、それは流川が求めているような気持ちではないので、黙ったまま顔だけを彼女に向ける。 晴子はにっこりと笑い、両手を後ろに組んで、流川の左側、ひと一人分離れた隣に立って、同じように海から吹く風に目を細める。 「リバウンドは陵南の二倍。ブロックは9、スティールは6」 そんな風に彼女は、今日の練習試合のデータを並べる。 「あいつの総得点は?」 「桜木くん?」 晴子は首をかしげ、改札口の近くで仙道や彦一と話している桜木を見る。 「違う、センドー」 「仙道さんは42点」 さっきスコアシートに記載された自分の得点をさっと数え、35点だったことを知っている流川は、無表情のまま、顔を海の方向へ戻す。 流川とのマッチアップは当然仙道だった。 仙道と対決するときにいつも感じる高揚感は、やはり流川の中では特別なものだ。 それはもう一番最初に会ったときから。 負けているとはけして思ってはいない。 けれど……。 身じろぎもせずに海に目を向ける美しいその横顔を、晴子はそっと見あげる。 自分の考えの中に入り込んでしまうと、流川はなかなか戻ってこないから。 ほかの部員たちになら簡単に言える励ましも、彼には言えない。 そんなもの、必要ないことを知っているから。 バスケのことなら、自分自身で解決方法を見つけだすことを知っているから。 そして、ひとりきりで抱え込んでしまわないということも知っているから。 やっぱり、わたしの入り込むスキマなんてないの。 そう思ってこみ上げた夏の日のことを思い出す。 今は、少し。 そう、ほんの少し近くなった分、あのとき感じた切なさは、もっともっと深いところへ降りてきて、晴子を動けなくする。 いつか大きな舞台へと旅立っていくであろうこのひとの、ほんのひとときを。 それを共有できる幸せを、かみしめようと。 彼が今見ている世界をできる限り同じ目で見られたらと。 そんな願いを抱きしめて。 今ではないどこかを見ている流川を晴子は目に焼き付けようとする。 見つめることしかできないから。 そんな視線にさえ気がつかないと、そう思うから。 仙道の得点を抑えきることができなかった、さきほどの試合のことを考えたのは、ほんの一瞬。この自分が、身動きすることもできなくなってしまいそうな熱のこもった視線に気づかないほど、流川は鈍感ではない。 けれど、特に何も言うことはないように思ったので、そのまま海の方へ視線を向けていた。 湘北と陵南バスケ部の部員たちが大声で話し合うホームの上で、そこだけが別の空間のように、無音だった。 急に風が起こる。 薄闇の向こうから近づいてくる、黄色い光を放つ小さな緑色の電車が目に入る。 我に返ってあたりを見渡した晴子は、挨拶をしている仙道と宮城の横に立ってこちらを眺めている桜木と目が合う。 晴子が気づいたと思った瞬間、桜木はその矛盾で渦巻く表情を隠した。そしてできる限り明るく笑ってみせる。 その開けっぴろげな笑顔は晴子をホッとさせる。同じようにできる限り明るい表情で桜木に笑いかけてから、自分も仙道に挨拶をするために、その集団の方へ小走りで向かった。 隣の熱が急に消えたと思ったら、流川の目の前に電車が到着している。 「またな、流川!」 電車に乗り込んだ流川は、扉から顔だけホームにもどして、自分に向かって手を上げている仙道に軽くうなずく。 そうして動き出した電車の中で、流川は入り口の扉に身体をもたれかけ、頭を窓に押しつける。座席をはさんだ向こうの入り口近くで、宮城と彩子と桜木に囲まれた晴子が、何か楽しそうに話をしているのを目だけで確認する。 流川は、いつも彼女が自分を見ていることを知っている。 それなのに彼女は、ときどき流川が自分の方を見ていることには気づかない。 なぜ見るのか? そんなことを流川は自分に問おうとしない。ただ見るだけだ。 自分に対してはけして見せることのない、彼女らしい素直な笑顔を。 流川の視線が、晴子のこめかみあたりにぶつかる。 いつになく強いその視線に、晴子はゆっくりと振り向く。 彼女の顔に浮かんでいた楽しげな色が、一瞬にして小さな嵐に遭ったように揺れ動く。 それは、流川の中に何かを呼び起こさせる。 ほんの数秒、ふたりの視線が絡まりあう。 オレに、それは、いらねえ。 流川は、うつむいて目を閉じる。 ただ強く、うまくなること。 バスケットボールで日本一になること。 バスケットボールの国に行くこと。 それだけが、流川の望みなのだから。 ほかには何もいらない。 けれど他者が波をたてる。 |
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あまりにほのかすぎる流晴です。ヤツはこのまんまアメリカへ渡っちゃうんではないだろうか?少しは関係性が変わるんだろうか?など自分でも不明だなあと思いながら書いていました。
そして、以前書こうとしていたものとは、随分と変わってしまいまし た。それは黒板に描き出されたあの流川のこと。日がたつごとに、あの美しく無垢な魂を汚してはいけない…という気持ちが大きくなって。だから、これは、今私が書ける精一杯の、流川への愛のカタチです。
スイセイ・サツキさんからいただきました、切なくて、だけども少し甘い二人のお話です。 サツキさんの流川への愛がパンパンに詰まっていて、それがひしひしと伝わります。 こんな二人の形もアリだ、と思わせていただきました。 サツキさん、とても切なくて綺麗なお話をありがとうございました。 スイセイ・サツキさんの素敵HPはこちら >>> hallmark |
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